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4O597
アンパンマン歴代主題歌まとめ〜youtube動画リンクを作りました〜
http://youtubelib.com/anpanman-songs 1.1 オープニングテーマ編
1.1.0.1 1. ドリーミング『アンパンマンのマーチ』
1.2 エンディングテーマ編
1.2.0.1 1. ドリーミング『勇気りんりん』
1.2.0.2 2. ドリーミング『クリスマスの谷』
1.2.0.3 3. CHA-CHA『アンパンマンたいそう』
1.2.0.4 4. ドリーミング『アンパンマンたいそう』
1.2.0.5 5. ドリーミング『サンサンたいそう』
1.2.0.6 6. 中尾隆聖(バイキンマン)『いくぞ! ばいきんまん』
1.2.0.7 7. ドリーミング『ドレミファアンパンマン』
1.2.0.8 8. ドリーミング『サンタが町にやってくる』
1.2.0.9 9. コキンちゃん(平野 綾)『あおいなみだ-コキンのうた-』
#564
「ホラーマンとたぬきおに」なし たぬきおにの手に捕まる。
〇「アンパンマンとジャスミンさん」顔が濡れる(正面)&欠ける(左上)
#376
「ばいきんまんといずみのせい」顔が潰れて(左上)
黄金のバイキンUFO→元気100倍のアンパンチに敗北
〇「アンパンマンとアップリケちゃん」顔が濡れる(全体)&欠ける(左上)&ふやけて歪む
チョキチョキマシンにマントを切られる
5/1(火|
#704
「あかちゃんまんとマゴマジョ」顔が濡れて(正面)
「かしわもちまんとだいふくおしょう」なし
#747
「カレーパンマンとかしわもちまん」なし
UFOのマジックハンドに捕まるカレーパンマン
カレーパンチバンク ダブルパンチバンク
「ゆず姫とちゃわんむしまろ」顔が濡れて(正面)
さらに日本の乱伍、中軍の卒を率いて進みて大唐の軍を伐つ。
いかなる国の歴史もその国民には必ず栄光ある歴史である。
僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。
その又僕の枕もとには妻と伯母とが差向ひに庭の向うの海を見てゐた。
しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨になつてしまつた。
僕は路ばたの砂の中に雨蛙が一匹もがいてゐるのを見つけた。
その時あいつは自動車が来たら、どうするつもりだらうと考へた。
しかしそこは自動車などのはひる筈のない小みちだつた。
しかし僕は不安になり、路ばたに茂つた草の中へ杖の先で雨蛙をはね飛ばした。
僕は風向きに従つて一様に曲つた松の中に白い洋館のあるのを見つけた。
風呂場の流しには青年が一人、手拭を使はずに顔を洗つてゐた。
僕は驚いて帯をといて見たら、やはり僕の腹巻だつた。
は佐佐木茂索君と馬車に乗つて歩きながら、麦藁帽をかぶつた馭者に北京の物価などを尋ねてゐた。
しかしはつきり目がさめてから二十分ばかりたつうちにいつか憂鬱になつてしまふ。
唯灰色の天幕の裂け目から明るい風景が見えるやうに時々ふだんの心もちになる。
僕はやはり散歩してゐるうちに白い水着を着た子供に遇つた。
僕は五六間離れてゐるうちから、その鋭い竹の皮の先が妙に恐しくてならなかつた。
その恐怖は子供とすれ違つた後も、暫くの間はつづいてゐた。
僕はぼんやり煙草を吸ひながら、不快なことばかり考へてゐた。
僕の前の次の間にはここへ来て雇つた女中が一人、こちらへは背中を見せたまま、おむつを畳んでゐるらしかつた。
どうしてそんなことを言つたかは僕自身にもわからなかつた。
すると女中は頓狂な調子で「あら、ほんたうにたかつてゐる」
僕はバタの罐をあけながら、軽井沢の夏を思ひ出した。
丁度軽井沢の馬蝿のやうに緑色の目をした馬蝿だつた。
僕はこの頃空の曇つた、風の強い日ほど恐しいものはない。
あたりの風景は敵意を持つてぢりぢり僕に迫るやうな気がする。
しかし松風が高まり出すと、昼でも頭から蒲団をかぶるか、妻のゐる次の間へ避難してしまふ。
僕はひとり散歩してゐるうちに歯医者の札を出した家を見つけた。
が、二三日たつた後、妻とそこを通つて見ると、そんな家は見えなかつた。
その札は齒と本字を書き、イシヤと片仮名を書いてあつたから、珍らしいだけでも見違へではない。
「或鴉おのれが人物を驕慢し、孔雀の羽根を見つけて此処かしこにまとひ、爾余の諸鳥をば大きに卑しめ、わが上はあるまじいと飛び廻れば、諸鳥安からず思ひ、『なんぢはまことの孔雀でもないに、なぜにわれらをおとしめるぞ』
と、取りまはいてさんざんに打擲したれば、羽根は抜かれ脚は折られ、なよなよとなつて息が絶えた。
「その後またまことの孔雀が来たに、諸鳥はこれも鴉ぢやと思うたれば、やはり打ちつ蹴つして殺してしまうた。
して諸鳥の云うたことは、『まことの孔雀にめぐり遇うたなら、如何やうな礼儀をも尽さうずるものを。
さてもさても世の中には偽せ孔雀ばかり多いことぢや。』
何小二は軍刀を抛り出すと、夢中で馬の頸にしがみついた。
いや、これはしがみついた後で、そう思ったのかも知れない。
ただ、何か頸へずんと音を立てて、はいったと思う――
何小二が鞍の前輪へつっぷすが早いか、一声高く嘶いて、鼻づらを急に空へ向けると、忽ち敵味方のごったになった中をつきぬけて、満目の高粱畑をまっしぐらに走り出した。
二三発、銃声が後から響いたように思われるが、それも彼の耳には、夢のようにしか聞えない。
人の身の丈よりも高い高粱は、無二無三に駈けてゆく馬に踏みしだかれて、波のように起伏する。
それが右からも左からも、あるいは彼の辮髪を掃ったり、あるいは彼の軍服を叩いたり、あるいはまた彼の頸から流れている、どす黒い血を拭ったりした。
が、彼の頭には、それを一々意識するだけの余裕がない。
ただ、斬られたと云う簡単な事実だけが、苦しいほどはっきり、脳味噌に焦げついている。
こう心の中に繰返しながら、彼は全く機械的に、汗みずくになった馬の腹を何度も靴の踵で蹴った。
十分ほど前、何小二は仲間の騎兵と一しょに、味方の陣地から川一つ隔てた、小さな村の方へ偵察に行く途中、黄いろくなりかけた高粱の畑の中で、突然一隊の日本騎兵と遭遇した。
それが余り突然すぎたので、敵も味方も小銃を発射する暇がない。
少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨のある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟に馬の頭をその方へ立て直した。
勿論その時は、万一自分が殺されるかも知れないなどと云うことは、誰の頭にもはいって来ない。
だから彼等は馬の頭を立て直すと、いずれも犬のように歯をむき出しながら、猛然として日本騎兵のいる方へ殺到した。
すると敵も彼等と同じ衝動に支配されていたのであろう。
一瞬の後には、やはり歯をむき出した、彼等の顔を鏡に映したような顔が、幾つも彼等の左右に出没し始めた。
そうしてその顔と共に、何本かの軍刀が、忙しく彼等の周囲に、風を切る音を起し始めた。
丈の高い高粱が、まるで暴風雨にでも遇ったようにゆすぶれたり、そのゆすぶれている穂の先に、銅のような太陽が懸っていたりした事は、不思議なくらいはっきり覚えている。
が、その騒ぎがどのくらいつづいたか、その間にどんな事件がどんな順序で起ったか、こう云う点になると、ほとんど、何一つはっきりしない。
とにかくその間中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。
一度その軍刀が赤くなった事もあるように思うがどうも手答えはしなかったらしい。
その中に、ふりまわしている軍刀のが、だんだん脂汗でぬめって来る。
そこへほとんど、眼球がとび出しそうに眼を見開いた、血相の変っている日本騎兵の顔が、大きな口を開きながら、突然彼の馬の前に跳り出した。
赤い筋のある軍帽が、半ば裂けた間からは、いが栗坊主の頭が覗いている。
何小二はそれを見ると、いきなり軍刀をふり上げて、力一ぱいその帽子の上へ斬り下した。
が、こっちの軍刀に触れたのは、相手の軍帽でもなければ、その下にある頭でもない。
その音が煮えくり返るような周囲の騒ぎの中に、恐しくかんと冴え渡って、磨いた鉄の冷かな臭を、一度に鋭く鼻の孔の中へ送りこんだ。
そうしてそれと共に、眩く日を反射した、幅の広い向うの軍刀が、頭の真上へ来て、くるりと大きな輪を描いた。――
と思った時、何小二の頸のつけ根へは、何とも云えない、つめたい物が、ずんと音をたてて、はいったのである。
馬は、創の痛みで唸っている何小二を乗せたまま、高粱畑の中を無二無三に駈けて行った。
どこまで駈けても、高粱は尽きる容子もなく茂っている。
人馬の声や軍刀の斬り合う音は、もういつの間にか消えてしまった。
繰返して云うが、何小二は馬の背に揺られながら、創の痛みで唸っていた。
が、彼の食いしばった歯の間を洩れる声には、ただ唸り声と云う以上に、もう少し複雑な意味がある。
と云うのは、彼は独り肉体的の苦痛のためにのみ、呻吟していたのではない。
死の恐怖を中心として、目まぐるしい感情の変化のために、泣き喚いていたのである。
彼は永久にこの世界に別れるのが、たまらなく悲しかった。
それから彼をこの世界と別れさせるようにした、あらゆる人間や事件が恨めしかった。
それからどうしてもこの世界と別れなければならない彼自身が腹立しかった。
こんな種々雑多の感情は、それからそれへと縁を引いて際限なく彼を虐みに来る。
だから彼はこれらの感情が往来するのに従って、「死ぬ。
と叫んで見たり、父や母の名を呼んで見たり、あるいはまた日本騎兵の悪口を云って見たりした。
が、不幸にしてそれが一度彼の口を出ると、何の意味も持っていない、嗄れた唸り声に変ってしまう。
この若さにこんな所まで戦に来て、しかも犬のように訳もなく殺されてしまう。
その次には私たちを偵察に出した、私の隊の上官が憎い。
私を兵卒にした事情に幾分でも関係のある人間が、皆私には敵と変りがない。
私はそう云ういろいろの人間のおかげで、したい事の沢山あるこの世の中と、今の今別れてしまう。
ああ、そう云う人間や事情のするなりにさせて置いた私は、何と云う莫迦だろう。」
何小二はその唸り声の中にこんな意味を含めながら、馬の平首にかじりついて、どこまでも高粱の中を走って行った。
その勢に驚いて、時々鶉の群が慌しくそこここから飛び立ったが、馬は元よりそんな事には頓着しない。
背中に乗せている主人が、時々ずり落ちそうになるのにもかまわずに、泡を吐き吐き駈けつづけている。
だからもし運命が許したら、何小二はこの不断の呻吟の中に、自分の不幸を上天に訴えながら、あの銅のような太陽が西の空に傾くまで、日一日馬の上でゆられ通したのに相違ない。
が、この平地が次第に緩い斜面をつくって、高粱と高粱との間を流れている、幅の狭い濁り川が、行方に明く開けた時、運命は二三本の川楊の木になって、もう落ちかかった葉を低い梢に集めながら、厳しく川のふちに立っていた。
そうして、何小二の馬がその間を通りぬけるが早いか、いきなりその茂った枝の中に、彼の体を抱き上げて、水際の柔らかな泥の上へまっさかさまに抛り出した。
その途端に何小二は、どうか云う聯想の関係で、空に燃えている鮮やかな黄いろい炎が眼に見えた。
子供の時に彼の家の廚房で、大きな竈の下に燃えているのを見た、鮮やかな黄いろい炎である。
その次の瞬間には彼はもういつか正気を失っていた。………
馬の上から転げ落ちた何小二は、全然正気を失ったのであろうか。
が、彼は土と血とにまみれて、人気のない川のふちに横わりながら、川楊の葉が撫でている、高い蒼空を見上げた覚えがある。
その空は、彼が今まで見たどの空よりも、奥深く蒼く見えた。
丁度大きな藍の瓶をさかさまにして、それを下から覗いたような心もちである。
しかもその瓶の底には、泡の集ったような雲がどこからか生れて来て、またどこかへ然と消えてしまう。
これが丁度絶えず動いている川楊の葉に、かき消されて行くようにも思われる。
では、何小二は全然正気を失わずにいたのであろうか。
しかし彼の眼と蒼空との間には実際そこになかった色々な物が、影のように幾つとなく去来した。
第一に現れたのは、彼の母親のうすよごれた裙子である。
子供の時の彼は、嬉しい時でも、悲しい時でも、何度この裙子にすがったかわからない。
が、これは思わず彼が手を伸ばして、捉えようとする間もなく、眼界から消えてしまった。
消える時に見ると、裙子は紗のように薄くなって、その向うにある雲の塊を、雲母のように透かせている。
その後からは、彼の生まれた家の後にある、だだっ広い胡麻畑が、辷るように流れて来た。
さびしい花が日の暮を待つように咲いている、真夏の胡麻畑である。
何小二はその胡麻の中に立っている、自分や兄弟たちの姿を探して見た。
ただ色の薄い花と葉とが、ひっそりと一つになって、薄い日の光に浴している。
これは空間を斜に横ぎって、吊り上げられたようにすっと消えた。
よく見ると、燈夜に街をかついで歩く、あの大きな竜燈である。
竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。
それが昼間だのに、中へ蝋燭らしい火をともして、彷彿と蒼空へ現れた。
その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているような心もちがする、現に長い鬚などは、ひとりでに左右へ動くらしい。――
と思う中にそれもだんだん視野の外へ泳いで行って、そこから急に消えてしまった。
それが見えなくなると、今度は華奢な女の足が突然空へ現れた。
纏足をした足だから、細さは漸く三寸あまりしかない。
しなやかにまがった指の先には、うす白い爪が柔らかく肉の色を隔てている。
小二の心にはその足を見た時の記憶が夢の中で食われた蚤のように、ぼんやり遠い悲しさを運んで来た。
こことあの足を見た所との間は、何百里と云う道程がある。
そう思っている中に、足は見る見る透明になって、自然と雲の影に吸われてしまった。
何小二は心の底から、今までに一度も感じた事のない、不思議な寂しさに襲われた。
彼の頭の上には、大きな蒼空が音もなく蔽いかかっている。
人間はいやでもこの空の下で、そこから落ちて来る風に吹かれながら、みじめな生存を続けて行かなければならない。
そうしてその寂しさを今まで自分が知らなかったと云う事は、何と云うまた不思議な事であろう。
この時、彼の眼と空との中には、赤い筋のある軍帽をかぶった日本騎兵の一隊が、今までのどれよりも早い速力で、慌しく進んで来た。
そうしてまた同じような速力で、慌しくどこかへ消えてしまった。
ああ、あの騎兵たちも、寂しさはやはり自分と変らないのであろう。
もし彼等が幻でなかったなら、自分は彼等と互に慰め合って、せめて一時でもこの寂しさを忘れたい。
その涙に濡れた眼でふり返った時、彼の今までの生活が、いかに醜いものに満ちていたか、それは今更云う必要はない。
「もし私がここで助かったら、私はどんな事をしても、この過去を償うのだが。」
が、限りなく深い、限りなく蒼い空は、まるでそれが耳へはいらないように、一尺ずつあるいは一寸ずつ、徐々として彼の胸の上へ下って来る。
その蒼い気の中に、点々としてかすかにきらめくものは、大方昼見える星であろう。
もう今はあの影のようなものも、二度と眸底は横ぎらない。
何小二はもう一度歎息して、それから急に唇をふるわせて、最後にだんだん眼をつぶって行った。
日清両国の間の和が媾ぜられてから、一年ばかりたった、ある早春の午前である。
北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽っていた。
早春とは云いながら、大きなカミンに火が焚いてあるので、室の中はどうかすると汗がにじむほど暖い。
そこへテエブルの上へのせた鉢植えの紅梅が時々支那めいた匂を送って来る。
二人の間の話題は、しばらく西太后で持ち切っていたが、やがてそれが一転して日清戦争当時の追憶になると、木村少佐は何を思ったか急に立ち上って、室の隅に置いてあった神州日報の綴じこみを、こっちのテエブルへ持って来た。
そうして、その中の一枚を山川技師の眼の前へひろげると、指である箇所をさしながら、読み給えと云う眼つきをした。
それがあまり唐突だったので、技師はちょいと驚いたが、相手の少佐が軍人に似合わない、洒脱な人間だと云う事は日頃からよく心得ている。
そこで咄嗟に、戦争に関係した奇抜な逸話を予想しながら、その紙面へ眼をやると、果してそこには、日本の新聞口調に直すとこんな記事が、四角な字ばかりで物々しく掲げてあった。
街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕したる勇士なれど、凱旋後とかく素行修らず、酒と女とに身を持崩していたが、去る――
日、某酒楼にて飲み仲間の誰彼と口論し、遂に掴み合いの喧嘩となりたる末、頸部に重傷を負い即刻絶命したり。
ことに不思議なるは同人の頸部なる創にして、こはその際兇器にて傷けられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、再、破れたるものにして、実見者の談によれば、格闘中同人が卓子と共に顛倒するや否や、首は俄然喉の皮一枚を残して、
但、当局はその真相を疑い、目下犯人厳探中の由なれども、諸城の某甲が首の落ちたる事は、載せて聊斎志異にもあれば、該何小二の如きも、その事なしとは云う可らざるか。
山川技師は読み了ると共に、呆れた顔をして、「何だい、これは」
すると木村少佐は、ゆっくり葉巻の煙を吐きながら、鷹揚に微笑して、
山川技師もにやにやしながら、長くなった葉巻の灰を灰皿の中へはたき落した。
まさかアッタッシェの癖に、新聞記者と一しょになって、いい加減な嘘を捏造するのではあるまいね。」
屯の戦で負傷した時に、その何小二と云うやつも、やはり我軍の野戦病院へ収容されていたので、支那語の稽古かたがた二三度話しをした事があるのだ。
頸に創があると云うのだから、十中八九あの男に違いない。
何でも偵察か何かに出た所が我軍の騎兵と衝突して頸へ一つ日本刀をお見舞申されたと云っていた。」
だがそいつはこの新聞で見ると、無頼漢だと書いてあるではないか。
そんなやつは一層その時に死んでしまった方が、どのくらい世間でも助かったか知れないだろう。」
「それがあの頃は、極正直な、人の好い人間で、捕虜の中にも、あんな柔順なやつは珍らしいくらいだったのだ。
だから軍医官でも何でも、妙にあいつが可愛いかったと見えて、特別によく療治をしてやったらしい。
あいつはまた身の上話をしても、なかなか面白い事を云っていた。
殊にあいつが頸に重傷を負って、馬から落ちた時の心もちを僕に話して聞かせたのは、今でもちゃんと覚えている。
ある川のふちの泥の中にころがりながら、川楊の木の空を見ていると、母親の裙子だの、女の素足だの、花の咲いた胡麻畑だのが、はっきりその空へ見えたと云うのだが。」
木村少佐は葉巻を捨てて、珈琲茶碗を唇へあてながら、テエブルの上の紅梅へ眼をやって、独り語のように語を次いだ。
「あいつはそれを見た時に、しみじみ今までの自分の生活が浅ましくなって来たと云っていたっけ。」
山川技師は椅子の背へ頭をつけながら、足をのばして、皮肉に葉巻の煙を天井へ吐いた。
「あてにならないと云うのは、あいつが猫をかぶっていたと云う意味か。」
少くともあの時は、あいつも真面目にそう感じていたのだろうと思う。
恐らくは今度もまた、首が落ちると同時に(新聞の語をそのまま使えば)
あいつは喧嘩をしている中に、酔っていたから、訳なく卓子と一しょに抛り出された。
そうしてその拍子に、創口が開いて、長い辮髪をぶらさげた首が、ごろりと床の上へころげ落ちた。
あいつが前に見た母親の裙子とか、女の素足とか、あるいはまた花のさいている胡麻畑とか云うものは、やはりそれと同時にあいつの眼の前を、彷彿として往来した事だろう。
あるいは屋根があるにも関らず、あいつは深い蒼空を、遥か向うに望んだかも知れない。
あいつはその時、しみじみまた今までの自分の生活が浅ましくなった。
前には正気を失っている所を、日本の看護卒が見つけて介抱してやった。
今は喧嘩の相手が、そこをつけこんで打ったり蹴ったりする。
そこであいつは後悔した上にも後悔しながら息をひきとってしまったのだ。」
だが、それならどうしてあいつは、一度そう云う目に遇いながら、無頼漢なんぞになったのだろう。」
「それは君の云うのとちがった意味で、人間はあてにならないからだ。」
木村少佐は新しい葉巻に火をつけてから、ほとんど、得意に近いほど晴々した調子で、微笑しながらこう云った。
「我々は我々自身のあてにならない事を、痛切に知って置く必要がある。
実際それを知っているもののみが、幾分でもあてになるのだ。
そうしないと、何小二の首が落ちたように、我々の人格も、いつどんな時首が落ちるかわからない。――
すべて支那の新聞と云うものは、こんな風に読まなくてはいけないのだ。」
僕の知れる江戸っ児中、文壇に縁あるものを尋ぬれば第一に後藤末雄君、第二に辻潤君、第三に久保田万太郎君なり。
この三君は三君なりにいずれも性格を異にすれども、江戸っ児たる風采と江戸っ児たる気質とは略一途に出ずるものの如し。
就中後天的にも江戸っ児の称を曠うせざるものを我久保田万太郎君と為す。
既にあきらめに住すと云う、積極的に強からざるは弁ずるを待たず。
久保田君の芸術は久保田君の生活と共にこの特色を示すものと云うべし。
久保田君の主人公は常に道徳的薄明りに住する閭巷無名の男女なり。
是等の男女はチエホフの作中にも屡その面を現せども、チエホフの主人公は我等読者を哄笑せしむること少しとなさず。
久保田君の主人公はチエホフのそれよりも哀婉なること、なお日本の刻み煙草のロシアの紙巻よりも柔かなるが如し。
のみならず作中の風景さえ、久保田君の筆に上るものは常に瀟洒たる淡彩画なり。
僕は久保田君の生活を知ること、最も膚浅なる一人ならん。
然れども君の微笑のうちには全生活を感ずることなきにあらず。
微苦笑とは久米正雄君の日本語彙に加えたる新熟語なり。
久保田君の時に浮ぶる微笑も微苦笑と称するを妨げざるべし。
唯僕をして云わしむれば、これを微哀笑と称するの或は適切なるを思わざる能わず。
既にあきらめに住すと云う、積極的に強からざるは弁じるを待たず。
然れども又あきらめに住すほど、消極的に強きはあらざるべし。
久保田君の主人公も、常にこの頑固さ加減を失う能わず。
これ又チエホフの主人公と、面目を異にする所以なり。
久保田君と君の主人公とは、撓めんと欲すれば撓むることを得れども、折ることは必しも容易ならざるもの、――
たとえば、雪に伏せる竹と趣を一にすと云うを得べし。
この強からざるが故に強き特色は、江戸っ児の全面たらざるにもせよ、江戸っ児の全面に近きものの如し。
僕は先天的にも後天的にも江戸っ児の資格を失いたる、東京育ちの書生なり。
故に久保田君の芸術的並びに道徳的態度を悉理解すること能わず。
然れども君の小説戯曲に敬意と愛とを有することは必しも人後に落ちざるべし。
即ち原稿用紙三枚の久保田万太郎論を草する所以なり。
君の一たび抛下すれば、槓でも棒でも動かざるは既に僕の知る所なり。
小説家久保田万太郎君の俳人傘雨宗匠たるは天下の周知する所なり。
僕、曩日久保田君に「うすうすと曇りそめけり星月夜」
数日の後、僕前句を改めて「冷えびえと曇り立ちけり星月夜」
とうたえる久米、真白草花の涼しげなるにも、よき人の面影を忘れ得ぬ久米、鮮かに化粧の匂える妓の愛想よく酒を勧むる暇さえ、「招かれざる客」
そう云う多感多情の久米の愛すべきことは誰でも云う。
が、私は殊に、如何なる悲しみをもおのずから堪える、あわれにも勇ましい久米正雄をば、こよなく嬉しく思うものである。
そしてその輝かしい微苦笑には、本来の素質に鍛錬を加えた、大いなる才人の強気しか見えない。
更に又杯盤狼藉の間に、従容迫らない態度などは何とはなしに心憎いものがある。
いつも人生を薔薇色の光りに仄めかそうとする浪曼主義。
その誘惑を意識しつつ、しかもその誘惑に抵抗しない、たとえば中途まで送って来た妓と、「何事かひそひそ囁き交したる後」
莫迦莫迦しさをも承知した上、「わざと取ってつけたように高く左様なら」
と云い合いて、別れ別れに一方は大路へ、一方は小路へ、姿を下駄音と共に消すのも、満更厭な気ばかり起させる訳でもない。
私も嘗て、本郷なる何某と云うレストランに、久米とマンハッタン・カクテルに酔いて、その生活の放漫なるを非難したる事ありしが、何時か久米の倨然たる一家の風格を感じたのを見ては、鶏は陸に米を啄み家鴨は水に泥鰌を追うを悟り、
寝静まりたる家家の向う「低き夢夢の畳める間に、晩くほの黄色き月の出を見出でて」
愛すべき三汀、今は蜜月の旅に上りて東京にあらず。…………
それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。
色彩とか空気とか云うものは、如何にも鮮明に如何にも清新に描けています。
この点だけ切り離して云えば、現在の文壇で幾人も久米の右へ出るものはないでしょう。
勿論田舎者らしい所にも、善い点がないと云うのではありません。
いや、寧ろ久米のフォルトたる一面は、そこにあるとさえ云われるでしょう。
素朴な抒情味などは、完くこの田舎者から出ているのです。
それは久米が田舎者でも唯の田舎者ではないと云う事です。
尤もこれはじゃ何だと云われると少し困りますが、まあ久米の田舎者の中には、道楽者の素質が多分にあるとでも云って置きましょう。
そこから久米の作品の中にあるヴォラプテュアスな所が生れて来るのです。
そんな点で多少のクラデルなんぞを想起させる所もありますが、勿論全体としては別段似てもいません。
こう云う特質に冷淡な人は、久米の作品を読んでも、一向面白くないでしょう。
しかしこの特質は、決してそこいらにありふれているものではありません。
御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。
この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。
するとその地獄の底に、陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。
この陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。
と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。
そこで陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。
その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」
と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。
そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。
幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。
御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。
こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていた陀多でございます。
何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。
その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく微な嘆息ばかりでございます。
これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
ですからさすが大泥坊の陀多も、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りました。
何気なく陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。
この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。
いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。
そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
こう思いましたから陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。
元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。
ややしばらくのぼる中に、とうとう陀多もくたびれて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。
そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。
すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。
それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。
この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。
陀多は両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。
ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。
陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦のように大きな口を開いたまま、眼ばかり動かして居りました。
自分一人でさえ断れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。
もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。
が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。
今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。
今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。
あっと云う間もなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。
御釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがて陀多が血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうな御顔をなさりながら、またぶらぶら御歩きになり始めました。
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、陀多の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。
しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。
その玉のような白い花は、御釈迦様の御足のまわりに、ゆらゆら萼を動かして、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。
兄弟、君はわしが恋をした事があるかと云ふのだね、それはある。
が、わしの話は、妙な怖しい話で、わしもとつて六十六になるが、今でさへ成る可く、其記憶の灰を掻き廻さないやうにしてゐるのだ。
君には、わしは何一つ分隔てをしないが、話が話だけに、わしより経験の浅い人に話しをするのは、実はどうかとも思つてゐる。
何しろわしの話の顛末は、余り不思議なので、わしが其事件に現在関係してゐたとは自分ながらわしにも殆ど信じる事が出来ぬ。
わしは三年以上、最も不可思議な、そして、最も奇怪な幻惑の犠牲になつてゐたのである。
わしはみじめな田舎の僧侶をしてゐたが、毎夜、夢には――
最も五慾に染んだ、呪ふ可き生活を、云はゞサルダナパルスの生活を送つてゐた。
そして或女をうつかり一目見たばかりに、危くわしの霊魂を地獄に堕す所だつたが、幸にも神の恵と、わしを加護してくれた聖徒の扶けとによつて、遂にわしは、わしに附いてゐた悪魔の手から免れる事が出来た。
思へばわしの昼の生活は、長い間、全く性質の異つた夜の生活と、織り交ぜられてゐたのである。
昼間は、わしは祈祷と神聖な事物とに忙しい神の僧侶であるが、夜、眼をつぶる刹那からは、忽ち若い貴族になつてしまふ。
女と犬と馬とにかけては、眼のない人間になつてしまふ。
博奕も打つ、酒も飲む、罵詈をして神を馬鹿にもする。
そして、暁方に眼を醒ますと、却つてわしがまだ眠つてゐて、唯、僧侶になつた夢をみてゐるやうな心持がする。
此夢遊病者のやうな生活の或場面とか或語とかの回想は、未だにわしの心に残つてゐて、わしはどうしてもそれを、わしの記憶から拭ひ去る事が出来ない。
わしは、実際、わしの住居を離れた事のない人間なのだが、人はわしの話すのを聞くと、わしは浮世の歓楽に倦みはてゝ、信心深い、波瀾に富んだ生涯の結末を神に仕へて暮さうと云ふ沙門だと思ふかもしれない。
此世紀の生活からさへ絶縁された、森の奥の、陰鬱な僧房に住みふるした学僧だとは思はぬかもしれない。
わしの様に烈しく恋をした者は此世に一人もゐない程、恋をした――
わしは寧ろその熱情がわしの心臓をずたずたに裂かなかつたのを怪しむ位である。
わしは幼い時から、わしの天職の僧侶にあるのを感じてゐた。
そこでわしの凡ての研究は、其理想を目標として積まれたのである。
二十四歳までのわしの生活は云はゞ唯、長い今道心の生活であつた。
神学を修めると共に、わしは引続いて凡ての下級の僧位を得た為めに、先達たちは、若いながらわしが、最後の、恐しい位階を得る資格がある事を認めてくれた。
そしてわしの授位式は、復活祭の一週中に定められたのである。
わしの世界は大学と研究室との壁に限られてゐたのである。
と云ふ者があると云ふ事は、漠然と知つてゐたが、わしはわしの思想が此様な題目の上に止る事を許さなかつたので、わしは全く純真無垢な生活をつゞけて来た。
一年に二度、わしは、年をとつた体の弱い母親に逢ふが、此二回の訪問の中に、わしの外界に対する、凡ての関係が含まれてゐたのである。
わしは此最後の、避く可からざる一歩を投ずるのに、何等の躊躇もしなかつた。
婚礼をする恋人でも、わし以上の熱に浮かされた感激を以て、遅い時の歩みを数へはしなかつたであらう。
わしは眠りさへすれば、必ず祈祷を唱へてゐる夢を見た。
わしの野心は、之以上に高い目標を認める事が出来なかつたのである。
わしが君に此様な事を云ふのは、わしの身の上に起つた事が、順当に行けば決して起らなかつたと云ふ事を知らせる為めに云ふのである。
そしてわしが、不可解な蠱惑の犠牲であつたと云ふ事を理解して貰ふ為めに云ふのである。
わしは、自分が空に浮んでゐるか、肩に翼が生えたかと疑はれる程、軽快な足取りで、教会へ歩いて行つた。
そして、わしの同輩の、真面目な考深い顔をしてゐるのが、如何にも不思議に思はれた。
それは教会にも、わしの同輩が五六人ゐたからである。
わしは一夜を祈祷に明した後なので、殆ど恍惚として一切を忘れようとしてゐた。
わしは実に、殿堂の穹窿を透して、天国を望む事が出来たのである。
祓浄式、二つの形式の下に行はれる聖餐式、「改宗者の膏」
を手の掌に塗る式、それから、僧正と一しよに恭しく、神の前へ犠牲を捧げる式……
あゝ、ヨブが「軽忽なる者は、眼を以て聖約を為さざる者なり」
わしは不図、其時迄下を向いてゐた頭を挙げて、わしの前にゐる女を見た。
女はわしが触れる事が出来るかと思はれる程、近くにゐる――
が実際は、わしから可成離れて、内陣のずつと向うの欄干の辺にゐたのである――
丁度、其時わしはわしの眼から、急に鱗が落ちたやうな気がした。
わしは、思ひがけなく明を得た盲人のやうな心持になつたのである。
一瞬間以前には、光彩に溢れてゐた僧正も、急に何処かへ行つてしまへば、金色の燭架の上の蝋燭も、暁の星のやうに青ざめて、わしには無限の闇黒が、全寺院を領したやうに思はれた。
そして其美しい女は、其闇黒を背景に燦爛とした浮彫になつて、丁度天使の来迎を仰ぐやうに、わしの眼の前に現れて来た。
彼女は、自ら輝いてゐるやうに、しかも光を受けてゐると云ふよりは、自ら光を放つてゐるやうに見えたのである。
それは、殆どわしが何をしてゐるか知らぬ内に、次第に蠱惑がわしの心を捕へてしまつたからである。
何故と云へば、わしは睫毛の間からも、彼女が虹色にきらめきながら、太陽を凝視てゐる時に見えるやうな、紫の半陰影に囲まれてゐるのを見たからであつた。
理想の美を天上に求めて、其処から聖母の真像を地上に齎し帰つた大画家でも、其輪廓に於ては到底、わしが今見てゐる、自然の美しい実在に及ぶ事は出来ない。
詩人の詩、画家の画板も、彼女の概念を与へる事は、全く不可能である。
彼女はどちらかと云へば、背の高い方で、女神のやうな姿と態度とを備へてゐる。
柔かな金髪は、真中から分れて、顳の上へ二つの漣立つた黄金の河を流してゐた。
すき透るばかりに青白い額は又静に眉毛の上に拡がつてゐる。
其眉毛は不思議にも殆ど黒く、抑へ難い快活と光明とに溢れた海の如く青い眼の感じを飽く迄もうつくしく強めてゐる。
唯一度瞬けば一人の男の運命を定めるのも容易なのに相違ない。
其眼はわしが是迄人間の眼に見る事の出来なかつた生命と光明と情熱と潤ひのある光とを持つてゐる。
そしてわしは確に、その光がわしの心の臓に這入つたのを見た。
わしは其眼に輝いてゐる火が、天上から来たのか、地獄から来たのかを知らない。
けれども、それは確に其二つの中のどちらからか来たのである。
兎に角、彼女が我等の同じき母なるエヴの胎から生れた者で無い事は確である。
それから此上もなく光沢のある真珠の歯が、紅い微笑の中にきらめいて、唇の彎む毎に、小さな靨が、繻子のやうな薔薇色のうつくしい頬に現れる。
そして鼻の孔の正しい輪廓にも、高貴な生れを示す嫋やかさと誇らしさとが見えてゐる。
半ば露した肩の滑な光沢のある皮膚の上には、瑪瑙の光がゆらめき、大きな黄味のある真珠を綴つた紐は――
時々、彼女は物に驚いた蛇か孔雀のやうな、をのゝくやうな嬌態を作つて、首をもたげる。
すると銀の格子細工のやうに頸を捲いてゐる高いレースの襞襟がをのゝくやうに動くのである。
其黄鼬の毛皮のついた、広い袖口からは、限りなく優しい、上品な手が、覗いてゐる。
手は曙の女神の指のやうに、光を透すかと思はれる程、清らかなのである。
凡て是等の事柄を一つ/\わしは昨日の如く思ひ返す事が出来る。
何故と云へば其時、わしはどぎまぎしながらも、何一つ見落すやうな事をしなかつたからである。
ほんの微かな陰影でも、顋の先の一寸した黒い点でも、唇の隅の有るか無いかわからない程の生毛でも、額の上にある天鵞絨のやうな毛でも、頬の上に落ちる睫毛のゆらめく影でも、何でもわしは驚く程明瞭な知覚を以て、注意する事が出来た。
そしてわしは凝視を続けながら、わしの心の中に、今迄鎖されてゐた門をわしが開いてゐるのを感じた。
長い間塞がれてゐた孔が開けて、内部の見知らない景色を垣間見る事が出来たのである。
人生は忽ち全く新奇な光景を、わしの前に示してくれた。
わしは、今新しい世界と新しい事物の秩序との中に生れて来るのであつた。
すると恐しい苦痛がわしの心を、赤熱した釘抜のやうに苛みはじめた。
一分一分が、わしには一秒であると共に又一世紀であるやうに思はれた。
此間に式が進んで、わしは間も無く、わしの新たに生れた欲望が烈しく、闖入しようとしてゐた世界から、遠くへ引離されてしまつたのである。
これはわしの心の中にある凡ての物がわしの霊魂に加へた舌の暴行に対して極力反抗したが其甲斐がなかつたのである。
恐らく、多くの少女が断然父母の定めた夫を拒絶する心算で、祭壇へ歩んで行くのにも関らず、一人として其目的を果す者の無いのも、かうした訳からに相違ない。
そして多くの燐れな新参の僧侶が誓言を述べに呼ばれる時には、面をずた/\に裂く決心をしてゐながら、阿容々々とそれを取つてしまふのも亦確にかうした訳からである。
かくして人は、其処にゐる凡ての人々に対して大なる誹謗の声を挙げる事を敢てしないと共に、又多くの人々の期待を欺く事も敢てしない。
凡ての夫等の人々の眼、凡ての夫等の人々の意志は、恰も鉛の如く君の上に蔽ひかゝるやうに思はれるのである。
それのみならず、規則も正しく定まつてゐれば、万事が予め、完全に整つて、しかも多少必然的に避ける事の出来ないやうに出来上つてゐるので、個人の意志は事情の重みに屈従して遂には全く破壊されてしまふのである。
式の進むのにつれて、其知らぬ美人の顔も表情が違つて来た。
彼女の顔色は、最初は撫愛するやうな優しさを示してゐたが、今は恰もそれを理解させる事が出来ないのを、憎み且つ恥づるやうな容子に変つたのである。
山をも抜くに足りる意志の力を奮つて、わしは、僧侶などになり度く無いと叫ばうとした。
わしには舌が上顎に附着してしまつたやうな気がしたのである。
わしは否定の綴音を一つでも洩して、わしの意志を表白する事すら出来なかつた、わしは眼が醒めてゐながら、生命にも関はる一語を叫ばうとして、魘されてゐる人間のやうな心持がした。
彼女もわしの殉教の苦しみを知つてゐるかの如くに見えた。
そして恰も、わしを励ますやうに、最も神聖な約束に満ちた眼色をして見せるのである。
「貴方が私のものになる思召しなら、私は貴方を天国にゐる神様より仕合せにしてあげます。
貴方は貴方を包まうとする経帷子を裂いておしまひなさい。
私たちの命は夢のやうに、永久の接吻の中に流れて行きます。
貴方は、銀の天幕の下で厚い金の床の上で、私の胸にお眠りなさい。
私は貴方の神の手から貴方を離してしまひたいのですから。
貴方の神の前では、大ぜいの尊い心性の人たちが、愛の血を流します。
けれども其血は神のゐる玉座の階にさへとゞきません。」
是等の語は、わしの耳に無限の情味にあふれた諧律を作つて漂つて来るやうに思はれた。
そして彼女の眼の声は、恰も生きた唇がわしの生命の中に声を吹き込んだやうに、わしの心臓の奥迄も反響した。
わしはわし自らが神を捨てようとしてゐるのを感じた。
が、わしの舌は猶機械的に式の凡ての形式を満したので、わしはわしの胸が聖母の剣よりも鋭い刃に貫かれるやうな気がせずにはゐられなかつた。
此時、彼女の顔に現れた程、人間の顔に深く苦痛が描かれた事はない。
婚約をした恋人が突然、己の傍に仆れて死んだのを見た少女、歿なつた子供の揺籃に倚懸つてゐる母親、楽園の門の閾に立てゐるエヴ、宝は盗まれて其跡に石の置いてあるのを見た吝嗇な男、偶然其最も傑れた作の原稿を火の中に取落した詩人――
是等の人々もかう迄絶望した、かう迄慰め難い顔附きをする事はないであらう。
血と云ふ血は彼女の愛らしい顔を去つて、それが今は大理石よりも白くなつてゐる。
彼女の美しい両腕は、恰も其筋肉が急に弛緩したかのやうに、力なく両脇に垂れてゐた。
それは殆ど手足が彼女の自由にならなくなつてゐたからである。
そしてわしも亦、教会の戸口の方に蹌踉いて行つた、死のやうに青ざめて、額にはカルヴァリイ(註。
さうかと思ふと又円天井がわしの肩の上へ平になつて落ちて来るやうな気もした。
そして其円天井の重量をわしの頭だけで支へてゐるやうな心持になつたのである。
わしが戸口を出ようとすると、急に一つの手がわしの手を捕へた――
しかも其感触は、恰も熱鉄に烙れたやうに、わしの手首を燃やすのである。
彼女は低い声でかう叫ぶと、忽ち群集の中に隠れて見えなくなつてしまつた。
と、同輩の一人がわしを憐れんで、手を執つてわしを外へ連れ出してくれた。
恐らくわしが、人の扶けを借りずに、研究室へ帰るのは、到底出来なかつた事であらう。
所が往来の角で、同輩の若い僧侶の注意が一寸他に向いてゐる隙を見て、空想的な衣裳を着た、黒人の扈従がわしの側へやつて来た。
そして歩きながら、わしの手に小さな金縁の手帳を忍ばせると同時に、それを隠せと云ふ相図をした。
そしてわしの部屋へ帰つて独りになるまで、そこにしまつて置いた。
当時わしは、世間の事に疎かつたので、クラリモンドの名さへ、有名だつたのにも関らず、耳にした事は一度も無かつた。
そして又コンチニの宮が何処にあるかと云ふ事も、一向に分らなかつた。
そして推量を重ねる度に想像は益々方外になつたが、実際、わしは唯もう一度、彼女に逢へさへするならば、彼女が貴夫人であらうと、娼婦であらうと、それは大して構ひもしなかつたのである。
わしの恋は、僅一時間程経つ内に、抜き難い根を下ろして了つた。
わしには其様な事は、全然不可能だとしか信じられなかつた。
彼女が一目見たばかりにわしの性質は一変してしまつたのである。
そしてわしはもうわし自身の肉体の中に生活しないで、彼女の肉体の中に、しかも彼女の為に生活するやうになつた。
わしは何時間も続けさまに、彼女の名を繰返して呼んで見た。
何時でも眼さへ閉ぢればわしには彼女の姿が其処にゐるやうにはつきりと見えるのである。
わしは彼女が教会の玄関で、わしの耳に囁いた語を反覆した。
わしは遂に、わしの現状の恐しさを、判然と理解する事が出来た。
わしの今、就いた職務の恐る可き厳粛な制限が、明かにわしの前に暴露された。
永久に寺院とか僧院とかの冷い影の中に蹲つて隠れてゐる事だ。
そして己自身の死を悼む喪服として、何時でも黒い法衣を着てゐる事だ。
云はゞ君の着物が、君の亡骸を納めた柩の棺布の役に立つのである。
わしは今更のやうにわしの生命が、丁度地下の湖のやうに、拡がりつゝ溢れつゝ水嵩を増して来るのを感ずる。
わしの久しく抑圧してゐた青春は、千年に一度花の咲く蘆薈のやうに、生々と萌え出でて迅雷の響と共に花を開くのだ。
クラリモンドに、再び逢ふ為にわしは何をする事が出来るのだらう。
唯、待ち遠いのは、わしが今後就任すべき牧師補の辞令ばかりである。
けれども窓は地を離れる事が遠いので、梯子が無ければ、かうして逃げるなどと云ふ事を考へるだけ愚だと気がついた、其上、わしが夜に乗じて其処から逃げる事が出来たとしても、其後どうして錯雑した街路の迷宮を、わしの思ふ所へ辿り着く事が出来るだらう。
多くの人々には全く無意味に思はれる是等の凡ての事が、昨日始めて恋に落ちた、経験も無く、金も無く、美しい着物も無い燐れな学僧のわしには、偉大な事のやうに思はれたのである。
「あゝ、わしが僧侶で無かつたなら、わしは彼女を毎日見る事が出来るのだ、彼女の恋人にも彼女の夫にもなれるのだ。
さうしたら此陰気な法衣に包まれてゐる代りに、外の美しい騎士のやうに絹と天鵞絨の袍を着て、金の鎖を下げて、剣を佩いて、美しい鳥の羽毛を着けるやうになるだらう。
わしの髪も、短く刈られてしまふ代りに、波立ちながら渦を巻いて、わしの頸の上に垂れるだらう。
それを唯、祭壇の前で一時間を過した為に、忙しく口にした五六の語の為に、わしは永久に生きてゐる人間の仲間から追払はれて、わし自身の墓石に封をするやうな事になつたのだ。
わしには自然が皮肉な歓喜を飾り立てゝゐるやうに見えた。
行く者もある、来る者もある、若い遊冶郎と若い美人とが二人づつ、茂みや花園の方へぶら/\歩いて行くのも見える。
それは悉くわしの悲哀と寂寞とに辛い対照を造る愉悦、興奮、生活、活動の画図である。
門の階段の上には若い母親が其子供と遊びながら坐つてゐる。
母親は、未だ乳の滴が真珠のやうについてゐる子供の小さな薔薇色の唇に接吻をする。
そして子供をあやす為に、唯女親のみが発明する事の出来る神聖な様々のとぼけた事をする。
父親は少し離れて佇みながら此愛すべき二人を眺めて微笑を洩してゐる。
それが両腕を組んだ中に其喜をぢつと胸に抱き締めてゐるやうに見える。
そこで手荒く窓を鎖して床の上に荒々しく身を横へた。
わしの心は恐しい憎悪と嫉妬とに満ちてゐたのである。
そして丁度十日も食を得なかつた虎のやうに、わしはわしの指を噛み、又わしの夜着を噛んだ。
が、遂に痙攣的な怒りの発作に襲はれて、床の上で身を悶えてゐると急に僧院長、セラピオンが室の中央に直立して、ぢつとわしを注視してゐるのを認めた。
「ロミュアルよ、わしの友達よ、何か恐しい事がお前の心の中に起つてゐるのではないか。」
何時もあのやうに静な、あのやうに清浄な、あの様に温和しい――
お前が野獣のやうに部屋の中で怒り狂つてゐるではないか。
悪魔は、お前が永久に身を主に捧げたのを憤つて、お前のまはりを餌食を探す狼のやうに這ひまはりながら、お前を捕へる最後の努力をしてゐるのぢや。
征服されるよりは、祈祷を胸当てにして苦行を楯にして、勇士のやうに戦ふがよい。
最も忠実な、最も篤信な人々は、屡々このやうな誘惑を受けるものぢや。
祈祷をしろ、断食をしろ、黙想に耽れ、さうすれば悪魔は自ら離れるだらう。」
セラピオンの語は、わしを平常のわしに帰してくれた。
其処を管理してゐた僧侶が死んだので、僧正は直にお前を任命するやうにわしにお命令なすつた。
わしの頭脳の中では、観念の糸が無暗にもつれ出して、遂にはわしの気が附かぬ内に祈祷の書はわしの手から落ちてしまつた。
明日、彼女に二度と逢はずに立つて仕舞ふと云ふ事、わしと彼女との間に置いてある多くの障碍物に、更に新しい障碍物を加へると云ふ事、実に奇蹟による外は、彼女に逢ふ一切の望を失つてしまふと云ふ事!
あゝ彼女に手紙を書くと云ふ事さへわしには不可能になるだらう。
何故と云へば、わしは誰にわしの手紙を託けると云ふ事も出来ないからである。
わしは僧侶と云ふ神聖な職務に就きながら誰にわしの心の中を打明ける事が出来るだらう。
其時急にわしは、僧院長セラピオンが悪魔の謀略を話した語を思出した。
今度の事件の不可思議な性質、クラリモンドの人間以上の美しさ、彼女の眼の燐のやうな光、彼女の手の燃え立つばかりの感触、彼女がわしを陥し入れた苦痛、わしの心に急激な変化が起ると共に、凡てのわしの信心が一瞬の間に消えた事――
是等の事は、其悪魔の仕業なのをよく証拠立てゝゐるではないか。
恐らく繻子のやうな手は爪を隠した手袋であるかも知れぬ。
是等の想像に悸されてわしは、再びわしの膝からすべつて、床の上に落ちてゐた祈祷の書を取り上げた。
みすぼらしいわし達の鞄を負つて、騾馬が二頭、門口に待つてゐる。
わし達が此市の街路を過ぎて行つた時に、わしは、クラリモンドが見えはしないかと思つて、凡ての窓、凡ての露台を注意して眺めて行つた。
が、朝が早いので、市はまだ殆ど其眼を開かずにゐた。
わしはわし達が通りすぎる、凡ての家々の簾や窓掛を透視する事が出来たらばと思つた。
セラピオンは、わしの此好奇心を確に、わしが建築を賞讃してゐるのだと思つたらしい。
かう云ふのは彼が、わしにあたりを見る時間を与へる為に、わざと騾馬の歩みを緩めたからである。
遂にわし達は市門を過ぎて其向うにある小山を上りはじめた。
わしはクラリモンドが住んでゐる土地の最後の一瞥を得ようと思つたので、その方に頭をめぐらして眺めると、大きな雲の影が、全市街の上に垂れかゝつて、其青と赤と反映する屋根の色が、一様な其中間の色に沈んでゐた。
其色の中を、其処此処から白い水沫のやうに、今し方点ぜられた火の煙が上へ/\と昇つて行く。
と、不思議な光の関係で、まだ模糊とした蒸気に掩はれてゐる近所の建物よりは遥に高い家が一つ、太陽の寂しい光線で金色に染められながら、うつくしく輝いて聳えてゐる――
実際は一里半も離れてゐるのであるが、其割には近く見える。
多くの小さな塔や高台や窓枠や燕の尾の形をしてゐる風見迄が、はつきりと見えるのである。
「向うに見える、あの日の光をうけた宮殿は何でせう。」
「コンチニの王が、娼婦クラリモンドに与へた、古の宮殿ぢや。
其刹那に、わしには実際か幻惑かはしらぬが、真白な姿の露台を歩いてゐるのが見えたやうに想はれた。
其姿は通りすがりに、瞬く間日に輝いたが、忽ち又何処かへ消えてしまつた。
わしを彼女から引離してしまふ嶮しい山路の上に、あゝ、わしが再び下る事の出来ない山路の上に、彼女の住んでゐる宮殿を望見してゐたと云ふ事を。
此主となつて、此処に来れとわしを招くやうに、嘲笑ふ日の光に輝きながら、此方へ近づくかと思はれた宮殿を、望見してゐたと云ふ事を。
何故と云へば彼女の心は、わしの心と同情に繋がれてゐたので、其最も微かな情緒の時めきさへ感ずる事が出来たからである。
影は其宮殿をも掩つて、満目の光景は、唯屋根と破風との動かざる海になつた。
そして其中には一つの山のやうな波動が明かに見えてゐるのである。
しかもわしは決して其処へ帰る事の出来ない運命を負つてゐるのである。
退屈な三日の旅行の末に、陰鬱な田園の間を行き尽して、わしはわしの管轄すべき寺院の塔上にある風見の鶏が、森の上から覗いてゐるのを見た。
それから茅葺の小家と小さな庭園とに挟まれた、曲りくねつた路を行くと、やがて、多少の荘厳を保つた寺院の正面へ出た。
五六の塑像で飾られた玄関、荒削りに砂岩を刻んだ円柱、柱と同じ砂岩の控壁のついた瓦葺の屋根――
左手には雑草が背高く生えた墓地があつて、其中央には大きな鉄の十字架が聳えてゐる。
家は恐しく簡単で、しかも冷酷な清潔が保たれてゐる。
見た所では、僧侶の黒い法衣にも慣れたやうに、少しもわし達を怖がらない。
そして殆どわし達の歩く道を明けようとさへしさうもない。
と嗄がれた、喘息やみのやうな犬の声が、耳に入つた。
そして犬の達し得る、極度の老年に達したと云ふあらゆる徴が現れてゐる。
犬は直に云ふ可らざる満足の容子を示してわし達と一しよに歩き始めた。
以前の牧師の家庭を処理してゐた老婆も亦迎へに出て、わし達を小さな後の客間へ案内してから、わしが猶引続いて彼女を傭つてくれるかどうかと尋ねた。
わしは、老婆も犬も雛つ仔も、先住が死際に譲つた其老婆の一切の家具も、残らず面倒を見てやると答へた。
そして僧院長セラピオンは、彼女が其僅な所有物に対して要求した金を、即座に払つてやつた。
わしの就任がすむと間もなく、僧院長セラピオンは僧侶学校に帰つた。
そこでわしは助力をして貰ふのにも、相談相手になつて貰ふのにも、自分より外に誰もゐなくなつた。
そしてクラリモンドの思ひ出は、再びわしの心に浮び始めたのである。
わしは、極力それを打消さうと努めたが、わしの黙想には常に彼女の影が伴つて来た。
或日暮にわしが黄楊の木にくぎられた路に沿うて、わしの家の小さな庭を散歩してゐると、気のせゐか楡の木の陰にわしと同じやうに歩いてゐる女の姿が見え、しかも其楡の葉の間からは、海のやうな緑色の眼の輝いてゐるのが見えた。
併しそれも幻に過ぎなかつたらしく、庭の向う側へまはつて見ると唯、砂地の路の上に足跡が一つ残つてゐるばかりであつた――
わしは庭の隅と云ふ隅を探して見たが、誰一人見附からない。
わしにはこれが不思議に思はれてならなかつたが、其後起つた奇怪な事に比べると、之などは全く何でも無かつたのである。
満一年間、わしはわしの職務上の義務を、最も厳格な精密さを以て果しながら、祈祷をしたり、断食をしたり、説教をしたり、病人に霊魂の扶けを与へたり、又屡々わし自身が其日の生活にも差支へる位、施しをしたりして暮してゐた。
しかしわしは心の中にはげしい焦立しさを感じてゐた。
そして天恵の泉も、わしには湧かなくなつてしまつたやうに思はれた。
わしは神聖な使命を充す事から生れる幸福を味ふ事が出来なかつた。
わしの思想は遠く漂つて、唯クラリモンドの語のみがわれ知らず繰返へす畳句のやうに、常にわしの唇に上るのである。
唯一度、眼をあげて一人の女を見た為に、一見些細な過失の為に、わしは数年間、最もみじめな苦痛の犠牲になつてゐたのだ。
そしてわしの生活の幸福は永久に失はれてしまつたのだ。
わしは、絶えずわしの心に繰りかへされた勝利と敗北を、しかも常に一層恐しい堕落にわしを陥れた勝利と敗北を此上話すのは止めようと思ふ。
或夜、わしの戸口の呼鈴が、長く荒々しく鳴らされた。
家事まかなひの老婆が起きて、戸を開けると、見知らぬ人が立つてゐる。
の角燈の光の中に、青銅のやうな顔をして、立派な外国の装ひをした男の姿が、帯に短刀をさげて、佇んでゐるのである。
が、其見知らぬ人は、彼女が安心するやうに用事を告げて、わしの奉じてゐる神聖な職務に関して、至急わしに会ひたいと云ふことを述べた。
バルバラは丁度わしが引込んだばかりの二階へ、其男を案内した。
彼は彼の女主人になる或貴夫人が、今息を引取るばかりのところで、是非牧師に来て貰ひたがつてゐると云ふことを話した。
そして臨終と塗式に必要な、神聖な品々を携へて、大急ぎで二階を下りた。
と、門の外には夜のやうに黒い馬が二匹、焦立たしげに土を蹴つて鼻孔から吐く煙のやうな水蒸気の長い流に、胸をかくしながら、立つてゐる。
其男は鐙を執つて、わしの馬に乗るのを扶けて呉れた。
それから彼は唯、手を鞍の前輪へかけた許りで、ひらりともう一頭の馬にとび乗ると、膝で馬の横腹を締めて手綱を緩めた。
伴の馬に遅れまいと、其男が手綱を執つてゐたわしの馬も、宙を飛んで奔馳する。
大地はわしたちの下で、青ざめた灰色の長い縞のやうに、後へ/\流れて行く。
木立の黒い影画は、打破られた軍隊のやうに、わしたちの右左を、逃げて行くやうに見える。
わし達が暗い森を通りぬけた時には、わしは冷い闇の中に迷信じみた恐怖から、わしの肉がむづつくのを感じた。
わし達の馬の蹄鉄に打たれて、石高路から迸る明い火花の雨は、わし達の後に火光の径の如く輝いてゐた。
その人は二人の幽鬼が夢魔に騎して走るのだと思つたに相違ない。
狐火は時々、路の行く手に明滅して、夜鳥は怖しげに、彼方の森の奥で啼き叫んでゐる。
其森には、時として山猫の燐火を放つ眼がきらめくのさへ見えるのである。
馬の鬣は益々乱れ、汗は太腹に滴つて、つく息も急に又苦しげに鼻孔を洩れるが、案内の男は馬の歩みの緩むのを見ると、殆ど人間とは思はれぬやうな、不思議な喉音を上げて、叱する。
すると馬は又、元のやうに無二無三に狂奔するのである。
多くの輝いた点が開いてゐる大きな黒い物が、急に眼の前に聳えた。
わし連の馬の蹄は、丈夫な木造の刎橋の上に前よりも声高く鳴りひゞいて、二人はやがて二つの巨大な塔の間に口を開いた大きな穹窿形の拱廊に馬をすゝめた。
広庭には松明を持つた従者が縦横に駈け違ひ、頭の上には又燈火の光が階段から階段へ上下してゐた。
わしは此厖大な建築の形を、混雑の中に瞥見する事が出来たが――
それは誠に魔法の国にもふさはしい、堂々とした豪奢の趣致と楚々とした優麗の風格とを併せ有してゐるものであつた。
以前にクラリモンドの手帳を持つて来た男である、わしはすぐにそれと気が附いた――
それから、黒天鵞絨の着物を着て首に金鎖をかけた家令も、象牙の杖によりながらわしに会ひに出て来た。
見ると大きな涙の滴が眼から落ちて、頬と白い髯の上に流れてゐる。
でも、せめてどうかいらしつてお通夜をなすつて下さいまし。」
わしの泣いたのも決して此老人に劣らなかつたであらう。
それは死者が、クラリモンド其人、わしがあのやうに深くあのやうに烈しく恋してゐたクラリモンド其人だつた事を知つたからである。
青銅の酒盞に明滅する青い光は、室内を朦朧とさした。
深秘な光にみたして、唯暗い中に家具や軒蛇腹の突出した部分を、其処此処に時々明く浮き出さしてゐる。
卓子の上にある、彫刻を施した甕の中には、一輪の素枯れた白薔薇が生けてある。
皆、香のいゝ涙のやうに落ち散つて、甕の下にこぼれてゐる。
壊れた黒い面と扇と其外肘掛椅子の上に置いてある様々な扮装の道具を見ても、「死」
が急に何の案内もなく此華麗を極めた城廓に闖入した事がわかるであらう。
わしは寝床の上を見るのに忍びないので跪いたまゝ「死者の為の讃美歌」
そして烈しい熱情を以て、神がわしと彼女の記憶との間に墳墓を造つて、今後わしが祈祷をする時にも彼女の名を永久に「死」
によつて浄められた名として、口にし得るやうにして下すつた事を感謝した。
けれ共、わしの熱情は次第に弱くなつて、わしは思はずある夢幻の中に陥つてしまつた。
一体其室は、死人の室らしい所を少しも備へてゐない室であつた。
わしが通夜の間に嗅ぎなれた不快な屍体の匂の代りに、ものうい東洋の香料の匂が――
わしは艶いた女の匂がどんなものだか知らないのである――
青ざめた光は屍体の傍に黄色く瞬く通夜の蝋燭の代りと云ふよりは、寧ろ淫惑な歓楽の為にわざと作られた薄明りの如く思はれる。
わしは、クラリモンドが永久にわしから失はれた瞬間に再び彼女を見る事が出来た、不思議な運命をつくづくと考へて見た。
そして、残り惜しい懊悩の吐息がわしの胸を洩れて出た。
其時、わしにはわしの後で誰かが亦吐息をしたやうに思はれた。
けれ共、其刹那に、わしの眼は其時迄見るのを避けてゐた死者の寝床の上に落ちた。
刺繍の大きな花で飾られた、赤いダマスコの帳が、黄金の房にくゝられて、うつくしい屍骸を見せてくれるのである。
屍体は長々と横になつて、手を胸の上に合せてゐる、眩ゆいやうな白いリンネルの褻衣に掩はれたのも、掛衣の陰鬱な紫と、著しい対照を作つて、しかも地合のしなやかさが、彼女の肉体のやさしい形を何一つ隠す所もなく、見る人の眼を、美しい輪廓の曲線に従はしめる――
彼女はさながら或巧妙な彫刻家が女王の墳墓の上に据ゑる為に造り上げた雪花石膏の像か、或は又恐らくは、眠つてゐる少女の上に声もない雪が一点の汚れもない掛衣を織りでもしたかの如く思はれた。
わしはもう、力めて祈祷の態度を支へてゐる事が出来なくなつた。
閨房の空気はわしを酔はせ、半ば凋んだ薔薇の花の熱を病んだやうな匂はわしの頭脳に滲み込んだ。
わしは休みなく彼方此方と歩きながら、歩を転ずる毎に、屍体をのせた寝床の前に佇んで、其透いて見えさうな経帷子の下に、横はつてゐる優しい屍の事を、何と云ふ事もなく想ひはじめた、わしの頭脳には、熱した空想が徂徠して来たのである。
わしは彼女が恐らく、本当に死んだのではあるまいと思つた。
唯わしを此城へ呼び寄せて、其恋を打明ける為に、わざと死を装つてゐるのだと思つた。
そしてわしは、同時に彼女の足が、白い掛衣の下で動いて、少しく捲いてある経帷子の長い真直な線を乱したとさへ思つた。
「これが本当にクラリモンドであらうか、之が彼女だと云ふ何んな証拠があるだらうか。
あの黒人の扈従は外の貴夫人に傭はれたのではないだらうか。
この様に独りで苦しがつてゐては、屹度わしは気が狂ふのに相違ない。」
けれども、わしの心臓ははげしく動悸を打ちながら、かう答へる。
あゝ、わしは之も白状しなければならないであらうか。
の影で浄められてゐるとは云へ、常よりも更に淫惑な感じを起さしめた。
わしは、此処へ葬儀を勤めに来たと云ふ事も忘れてしまつた。
花嫁はしとやかに、美しい顔を隠して、羞しさに姿を残る隈なく掩はうとしてゐるのである。
わしは胸も裂けむ許りの悲しみを抱きながら、しかも物狂はしい希望にそゝられて、恐怖と快楽とにをのゝきながら、彼女の上に身をかゞめて、経帷子の端に手をかけた。
そして、彼女の眠を醒ますまいと息をひそめながら其経帷子を上げて見た。
わしの動悸は狂ほしく鼓動して蟀谷のあたりには蛇の声に似た音が聞えるかとさへ疑はれる。
汗が額から滝の如く滴るのも、丁度わしが大きな大理石の板を擡げでもしたやうに思はれるのである。
わしの得度の日に見たのと寸分も違ひなく横はつてゐた。
青ざめた頬、やゝ色の褪せた唇の肉色、其白い皮膚に黒い房をうき出させる長い睫毛、其等の物が皆彼女に悲しい貞淑と内心の苦痛との云ふ可らざる妖艶な容子を与へてゐる。
未だ小さな青い花で編んである長い乱れ髪は、彼女の頭にまばゆい枕を造つて、其房々した巻き毛は、裸身の肩を掩つてゐる。
聖麺麭よりも清く、浄らかな美しい手は組合せたまゝ、清浄な安息と無言の祈祷とを捧げるやうに、胸の上にのつてゐる。
未だ真珠の腕輪も外さない、裸身の腕が象牙のやうにつや/\と、円かな肉附きを見せてゐる艶めかしさに――
がこの美しい肉体を永久に去つたと云ふ事が信じられなくなつて来た。
所が燈火の光の反射かそれはわしにも解らないが、(彼女はぢつと動かずにはゐるけれど)
其命の無い青ざめた皮膚の下では、再び血液の循環が始つたやうに思はれた。
が、あの寺院の玄関で、わしの手に触れた時よりも冷たくはないのである。
わしは再び彼女の上にうつむいて、温かな涙の露に彼女の頬を沾した。
あゝ、わしはぢつと彼女を見守りながら、如何なる絶望、自棄の苦悶に、如何なる不言の懊悩に堪へなければならなかつたであらう。
わしは徒にわしの生命を一塊の物質に集めてそれを彼女に与へたいと思つた。
そして彼女の冷かな肉体に、わしを苛む情火を吹き入れたいと思つた。
わしは永別の瞬間が近づくのを感じながらも、猶わが唯一の恋人なる彼女の唇に、接吻を印してゆく最後の悲しい快楽を、棄てる事が出来なかつた……
と奇蹟なるかな、かすかな呼吸はわしの呼吸に交つて、クラリモンドの口は、わしの熱情に溢れた接吻に応じたのである。
しかも長い吐息をついて、組んでゐた腕をほどくと、溢るゝばかりの悦びを顔に現して、わしの頸を抱きながら「あゝ貴方ね、ロミュアル。」
貴方の接吻で一寸の間かへつて来た命を、貴方に返してあげませうね。
其時凄じい旋風が急に窓を打つて、室の中へはいつた。
すると白薔薇の最後の一葩は暫く茎の先で、胡蝶の羽の如くふるへてゐたが、それから茎を離れて、クラリモンドの魂をのせたまゝ、明けはなした窓から外へ翻つて行つてしまつた。
そしてわしは、美しい死人の胸の上へ気を失つて倒れてしまつたのである。
正気に帰つて見ると、わしは牧師館の小さな室の中にある寝台の上へ横になつてゐた。
先住の老犬が、夜着の外へ垂れたわしの手を舐めてゐる。
バルバラは老年と不安とでふるへながら、抽斗をあけたりしめたり、杯の中へ粉薬を入れたりして、忙しく室の中を歩きまはつてゐる。
が、わしが眼を開いたのを見ると彼女が喜びの叫を上げれば、犬も吠え立てゝ尾を掉つた。
けれどもわしは未だ疲れてゐたので、一口もきく事も出来なければ、身を動かす事も出来なかつた。
其後はわしは、わしが微かな呼吸の外は生きてゐる様子もなく、此儘で三日間寝てゐたと云ふ事を知つた。
バルバラは、わしが牧師館を出た夜に訪ねて来たのと同じ銅色の顔の男が、次の朝、戸をしめた輿にのせてわしを連れて来て、それから直ぐに行つてしまつたと云ふ事を聞いた。
わしがきれ/″\な考を思合せる事が出来るやうになつた時に、わしは其恐しい夜の凡ての出来事を心の中に思ひ浮べた。
わしは初め或魔術的な幻惑の犠牲になつたのだと思つたが、間も無く夫れでも真実な適確な事実とする事の出来る他の事情を思出したので、此考を許す事も出来なくなつて来た。
何故と云へばバルバラもわしと同じやうに、二頭の黒馬をつれた見知らぬ男を見て、其男の形なり風采なりを、正確に細かい所迄述べる事が出来たからである。
其癖、わしがクラリモンドに再会した城の様子に合ふやうな城の、此近所にある事を知つてゐる者も一人も無い。
バルバラもわしの病気だと云ふ事を告げたので、急いで見舞に来てくれたのである。
急いで来てくれたのは、彼から云へばわしに対する愛情ある興味を証拠立てゝゐるのであるが、其訪問は、当然わしの感ずべき愉快さへも与へてくれなかつた。
僧院長セラピオンはその凝視の中に、何処となく洞察を恣にするやうな、審問をしてゐるやうな様子を備へてゐるので、わしは非常に間が悪かつた。
彼と対ひあつてゐる丈でも、わしは当惑と有罪の感じを去る事が出来ないのである。
一目見て彼は、わしの心中の苦痛を察したのに違ひない。
彼は偽善者のやうな優しい調子でわしの健康を尋ねながら、絶えず其獅子のやうな黄色い大きな眼をわしの上に注いで、測深錘のやうな透視をわしの霊魂の中に投入れるのである。
それから彼は、わしがどう云ふ方針で此教会区を管轄するか、こゝへ来てから幸福かどうか、教務の余暇をどうして暮すか、此処に住んでゐる人々と大勢近附きになつたか、何を読むのが一番好きかと云ふやうな事を、数知れず尋ねた。
わしは是等の問ひを出来る丈、短く答へたが、彼は何時でもわしの答を待たずに、急いで一つの問題から一つの問題へ移つて行つたのである。
此会話は、彼が実際云はうとしてゐる事とは何の関係もないのに違ひない。
遂に彼は何の予告もなく、丁度其時思ひ出した知らせを、忘れずに繰り返しておくやうに、明晰な声で急にかう云つた。
其声はわしの耳に最後の審判の喇叭のやうに響いたのである。
「あの名高い娼婦のクラリモンドが、五六日前の事、八日八夜続いた饗宴の終にとう/\死んでしまつたわ、大した非道な事であつたさうな。
ベルサガアルとクレオパトラの饗宴に行はれた罪悪が又犯されたと云ふものぢや。
神よ、わし達は何と云ふ末世に生きてゐるのでござらう。
其奴隷共は又何やらわからぬ語を饒舌る、わしの眼には此世ながらの悪魔ぢや。
其中の一番卑しい者の服でさへ、皇帝が祭礼に着る袍の役に立つさうな。
が、わしは確かにビイルゼバッブだと信じてゐるて。」
彼は話すのを止めて、恰も其話の効果を観察するやうに、前よりも一層、注意深くわしを見始めた。
わしは彼がクラリモンドの名を口にした時に思はず躍り立たずには居られなかつた。
そして彼女の死の知らせは、わしの見た其夜の景色と符合する為に、わしの胸を畏怖と懊悩とに満たしたのである。
其畏怖と懊悩とはわしが出来る限り力を尽したにも拘らず、わしの顔に現はれずにはゐなかつた。
セラピオンは心配さうな、厳格な眸でぢつとわしを見たが、やがて云ふには「わしはお前に忠告せねばならぬて。
クラリモンドの墓は、三重の封印でもせねばなるまい。
人の云ふのが誠なら、あの女の死ぬのは始めてゞは無いさうな。
かう云つて僧院長セラピオンは静かに戸口へ歩んで行つた。
わしは全く健康も恢復すれば、又日頃の職務に服する事も出来る様になつた。
がクラリモンドの記憶と老年の僧院長の語とは一刻もわしを離れない。
けれども格別、彼の気味の悪い予言を実現するやうな大事件も起らなかつたので、わしは彼の掛念もわしの恐怖も、誇張されたのに過ぎないと信じるやうになつた。
それはわしが眠るか眠らないのに、寝床の帳の輪が、鋭い音を立てゝ、其輪のかゝつてゐる棒の上をすべつたので、わしは帳が開いたなとかう思つた。
そこで素早く肘をついて起き上ると、わしの前に真直に立つてゐる女の影がある。
彼女は手に、墓の中に置くやうな形をした小さなランプを持つてゐる。
その光に霑された彼女の指は、薔薇色にすきとほつて、それが亦次第に不透明な、牛乳のやうに白い、裸身の腕に溶けこんでゐる。
彼女の着てゐるのは、末期の床の上に横はつてゐた時に彼女を包んでゐた、リンネルの経帷子である。
彼女はこの様にみすぼらしい衣服を纏ふのを恥ぢるやうに、其リンネルの褶に胸をかくさうとしたものの、彼女の小さな手は其役に立たなかつた。
彼女は其経帷子の色がランプの青ざめた光の中で彼女の肉の色と一つになる程白いのである。
彼女の肉体のあらゆる輪廓を現すやうな、しなやかな、織物に包まれた彼女の姿は、生きた女と云ふよりも寧ろ美しい古の浴みする女の大理石像のやうに眺められる。
が、死んでゐるにせよ、生きてゐるにせよ、石像にせよ女にせよ、影にせよ肉体にせよ、彼女の美しさは依然として美しい。
唯違ふのは彼女の眼の緑色の光が、前よりも輝かないのと嘗ては燃えたつやうな真紅の唇が、今は其頬の色のやうな、微かなやさしい薔薇色に染んでゐるとの二つである。
わしが前に気の附いた、髪にさしてある小さな青い花も今は見る影もなく枯れ凋んで、殆どのこらず葉を振ひつくしてゐるが、之とても彼女の愛らしさを妨げる事はない――
彼女は、此事の性質が不思議なのにも拘らず、又わしの室へはひつて来た様子が奇怪なのにも関らず、暫くはわしが何等の恐怖をも感じなかつた程、愛らしく見えたのである。
彼女はランプを卓の上へのせて、わしの寝床の後に坐つた。
それからわしの上に身をかゞめて、銀のやうに冴えてゐる、しかも天鵞絨のやうにやさしく柔かい声で、かう云つた。
其声は彼女を除いては誰の唇からも聞く事の出来ぬやうな声である。
ロミュアル、私が貴方の事を忘れてしまつたのだと思つたでせう。
でも私は遠い処から来たのよ、それはずうつと遠い処なの。
唯、空間と影ばかりある処なの、大きな路も小さな路もない処でね。
まあ、此処へ来る途中で、何と云ふ悲しい顔や、恐しい物を見たのでせう。
唯意志の力だけで又此大地の上へ帰つて来て、体を見附けて其中へはひる迄に、私の霊魂は何と云ふ苦しい目に遭つたでせう。
私を掩つて置いた重い石の板を擡げる迄に、何と云ふ苦労をしなければならなかつたでせう。
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