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2年ぶりのラーメン「これや!」嚥下障害でも食べる喜び
在宅栄養専門管理栄養士・安田和代さん
今回は、頑固だけど愛すべき存在だった男性Hさん(享年81)を紹介します。妻を亡くし、子どもとは疎遠で、一人暮らしをしていました。訪問看護師(訪看)やヘルパーなど多職種で支えた方でした。
それぞれの最終楽章
慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)があり、脳梗塞(こうそく)の後遺症で、のみ込むのが難しい嚥下障害がありました。近くの総合病院でCOPDの治療を受けていましたが、通院が難しくなり訪問診療に切り替えました。
汁付きの麺はすするとむせるため普段は禁止に。みそ汁はとろみをつけていました。ベッド上で生活し、昼間はデイサービスに通っていました。
訪問では、ほかの職種と連携しながら関わりました。在宅医はたんの自己吸引指導、訪看は全体的な心身管理、私は栄養状態の評価や嚥下体操などを行いました。ヘルパーはHさんの代わりに買い物をします。
彼は次々と好きな物を頼みますが、万が一、のみ込みで問題があると困ります。そこで私は「買っていいものリスト」を写真つきで作成。そこから本人が選びヘルパーに買い物を頼むようにしました。
あるときこんなことがありました。そのころ体重が増え続けていて、「原因は何だろう」と考えていました。アイスクリームは1日1個の約束でしたが、どうも買い物レシートと冷凍庫の在庫の数が合いません。「アイス1日3個食べているでしょ?」と聞くと、Hさんは「ばれた!」という顔でうなずきました。
訪看やヘルパーなど、来る人来る人に「今日はまだ食べてない」と言って、冷凍庫から出してもらって食べていたのです。ほかにも、ミニホットケーキが好きで、たくさん買い込んでいました。
私はヘルパー宛てのノートに書きました。「ホットケーキ(ミニ)やアイスクリームより、まず夕食のお弁当を召し上がって頂けますよう、お声かけをお願いします。ご本人には『ホットケーキの購入は控えましょうね』とお伝えしました」
本人の希望をかなえるための工夫もしました。訪看と一緒に訪問した際に、大好きなラーメンを作りました。何かあっても、訪看がいるのでリスク対応ができるからです。スープをすすると、うれしそうに声をあげました。
「これや! これがラーメンの味や!」。2年ぶりのラーメンだったそうです。そのままではのみ込めないので、麺を刻んで食べてもらいました。そのときのうれしそうな顔は、今でも忘れられません。
Hさんは寂しがり屋でした。特に盆や正月など、デイサービスが休みになり、世間が家族で集まる時は寂しい、と言うのです。実際体調も悪くなりました。そうなると、私たちスタッフの間でも「また始まったね」と心配しました。
そこで私は訪看と一緒に、ペースト食のおせち料理を作ったり、一緒に鍋を囲んだりしました。鍋焼きうどんを一緒に食べたときも、「何か家族で食事しているみたいやなあ」と喜んでくれました。
2017年10月の訪問で「チョコクッキー食べたいなぁ」と聞いて別れたのが、最後になりました。1週間後に旅立ちました。一人暮らしでも、いろんな職種が連携すれば、こうして支えることができる。Hさんのケースを通じて、改めて実感しました。(構成・佐藤陽)=全7回
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1964年岐阜県生まれ。摂食嚥下(えんげ)リハビリテーション栄養専門管理栄養士などの資格ももつ。急性期病院、保健所、療養型病院勤務を経て同県岐南町の総合在宅医療クリニック勤務。